和声すなわちコード進行の理論は、MIDI検定実技では直接必要となる場面はないものの*1、自主制作ではある程度は知っておいた方がよい有用な知識の一つである。
コードの基礎理論に関する手引きやウェブ・チュートリアルの類はそれこそ星の数ほどあって、私のような初心者はどれから手をつければよいやら戸惑うばかりだが、昨年11月にリットー・ミュージックより出版された「使える!コード理論」にたまたま巡り合って学習してみたので、一通り読んだ後の感想などを書いておく。購入検討の参考になれば幸いである。
倍音の原理と和音
本書の「倍音主義」とは、そもそも和音(ダイアトニック・コード)の構成音がなぜあのようになっているのか、という根本原理について、整数倍音の積み上げから丁寧に解き明かしているところに由来する。特に、4和音セブンス・コード中のセブンスの音が(近似的に)ルートの7倍音から決まっているところは「あーなるほど」と明快である。
ちなみに倍音の積み上げといえば、これはピタゴラス音律の基本原理とほとんど同じだろうと思う。その意味では講談社ブルーバックス「音律と音階の科学」と合わせて読むと理解がさらに深まるのではなかろうか。本書は文句なく名著で、私も昔に読んだことを思い出した。
コード理論を使いこなすための土台作りに
Part 1から3までのダイアトニック・コードの基本とドミナント進行を中心とする解説はド定番中の定番だが、どれも簡潔に整理されていて比較的初心者でも飲み込みやすい方だと思う。コード記号の標準的な書き方・読み方ルールの解説も懇切丁寧で、とても理解しやすい。また、各章末尾に簡単な演習問題が付いているので、復習がてらにDAWで打ち込んでみるなり、キーボードで弾いてみるなりして実際の響きを確認しつつ、ステップ・バイ・ステップで学習を進める配慮もなされている。
本書の一番の中核は、Part 3 の「曲作りの応用テクニック! その1.ドミナントコード百花繚乱」で、時間的余裕があまりない人などはおそらくこのパートを通読するだけでも基礎知識の整理と新たな発見に役立つのではないか。代理コードや裏コード、セカンダリー・ドミナントといった代替的なコードの考え方と使い方はすべてドミナント進行のバリエーションの一環として解説されているので理路整然と理解しやすい。sus4やdiminished、augmentedの効果などについても同様である。
Part 5 のテンション・コードと Part 6 の転調に関するパートはやや上級課題で、たぶん本書だけでは完全マスターは難しいと思うところもある。テンションに関しては、標準的なナチュラル/オルタードの区分ではなく、ダイアトニック/ノンダイアトニックという独自区分で解説が試みられている。テンション解決先はアプリオリに定義づけされているため、そういうものかと思って丸覚えするしかないような理不尽さがあって、難解といえば難解である。これは Part 2 のノート・コネクションについても同様で、この辺は少なくとも私は消化不良であった。ただし、こういう分野があるということを頭の片隅に置くだけでも有益だろうと思う。
他書併読も必要
本書の内容がある程度すんなりと私の頭に入ってきたのは、おそらく本書を読む以前に多少なりとも事前知識があったせいかもしれない。たとえば、私は以下のSleepfreaksの連載講座をチェックしていた経験があるので、基本の下地はすでに何割かは完成済みの状態で本書を読んだことになる。
そういう意味では、本書だけではなく、二、三他の基礎講座を事前もしくは同時並行で齧っておいた方が咀嚼しやすいのではないかと感じる。部分的にせよ、他書(ウエブ・チュートリアルを含む)の方が説明が上手だったり、相性などがあるからだ。
特にテンションなどの上級トピックについては他教材で何度か補習しないと身につかないと思う(私自身を含めて)。
将来課題: 実際の使用例分析で楽しみながら体得
本書のみならず理論書というのは、そういうものかと割り切って結局パターンを丸覚えするしかないような無味乾燥なところが大なり小なりあって、一回や二回ではなかなか腑に落ちない。
もっと応用力を付けるためには、実際の楽曲分析で慣れ親しんで行くというのも一法ではなかろうか。その点では、本書巻末付録の「めっちゃ使える! コード進行常套句」に収められている典型的なコード進行の解説集が非常に有益ではないかと思う。これを一つ一つDAWで打ち込んで再生、耳で覚えることをこのゴールデン・ウィークの宿題にするのは良いアイデアかもしれない。
人気楽曲の本格的なコード進行分析については、以前にも触れた下記サイトが面白い上に大変勉強になる。
記憶に頼らずツールに頼るべきか
実は私は、コード進行の理論書を読んでプロ音楽家ばりに縦横無尽に使いこなそうなどという大胆な目標は持っていなくて、コード・ヘルパー等プラグインまたはDAW搭載のコード進行機能を駆使するための基礎固めができれば十分と思っている。
というのも、コード進行はお決まりパターンのオンパレードなので、丸覚えせずとも大半はシステム的に対応可能であるはずだからである。とりわけAI隆盛の昨今、その手のツールは続々登場しつつあり、先進的なDAWであるWaveformではすでに搭載済みである。もっと本格的な支援ツールとしては、Orb Composer などが登場している。